日本レスポンシブル・ケア協議会顧問会議議長
近藤 次郎
  
 環境汚染物質排出移動登録(PRTR:Pollutant Release and Transfer Register)は2000年3月に施行され、いよいよ本年4月から実施された。何度も述べているように、この制度の法制化には日本化学工業協会のレスポンシブル・ケアの経験が大いに役に立った。本報告書の中にもこれに関する紹介の記事が多く記載されている。この制度が順調に運用されていることは甚だ喜ばしいことである。
 さて近頃は外因性内分泌系撹乱物質(環境ホルモン)についての関心が高まっている。1996年に出版されたティオドラ・コルボーン、ダイアン・ダマノスキ、ジョン・ピーターソン・マイヤーズらによる「奪われし未来」(Our Stolen Future)で述べられているごとく、PCBやDDT、ダイオキシンといったような化学物質の影響で鳥類・爬虫類・脊椎動物などに生殖異常の現象が現われ、種が絶滅する恐れがあるという極めてショッキング(衝撃的)な科学探偵小説と銘打った本であった。1962年に出版された、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」(Silent Spring)同様にその当時、大きなセンセーションを巻き起こした本である。一般に環境ホルモンは極微量でも生殖機能などに影響が現れると言われている。
 例えば独立行政法人国立環境研究所(NIES)の堀口博士は100トンもの海水が入るタンクを使用して環境ホルモン(イボニシの雌の雄性化)の研究をしている。この場合、イボニシを通常の海水と純粋の海水のプールで飼育し、成育を比較するのだが、既に通常の海水には極めて微量の有機スズが含まれているので、比較するためには、真水に塩(人工海水の素)を入れて、汚染されていない海水を人工的に製造しなければならない。この例のように環境ホルモンなどの影響調査に当たっては今まで存在しなかった化学物質が極微量でも自然界に混入する場合は、その影響について慎重に研究する必要がある。
 人間が合成した自然界にない化学物質は10万種以上もあって、その中にはプラスティックやナイロンのように極めて安全で安価に大量生産され、生活を向上させたものもあるが、長く環境中に残存して自然界に強い影響を与えるものや、その影響が長い年月の後に現れてくるものも少なくない。特に生物濃縮といって、食物連鎖(Food Chain)の間に、生態系の中で高い濃度に達するものもあるので、一層の注意を必要とする。
 さて、2001年のノーベル化学賞は昨年の白川博士についで、名古屋大学教授の野依博士が受賞された。我が国では科学者の層が厚く、世界のレベルを抜いて非常に高度な研究をしておられる方が多い。今後も続々と優秀な成果をあげる研究者が続いて出ることを期待している。この化学の明るい面と自然環境に与える暗い面とは科学技術の発展にはつきものであるが、バランスのとれた研究が行われ、水俣病のような悲しい事件が起こらないようにすることにも注意を向ける必要がある。
 レスポンシブル・ケアは製造者の責任において、化学品の安全を保障するための運動で、これはいわば科学者の倫理観に基づいた行為というべきものであろう。本年度の報告書にもこの様な点についての活動に触れていることは注目すべきことである。
  
日本レスポンシブル・ケア協議会顧問会議委員
近藤次郎 東京大学名誉教授
秋田一雄 東京大学名誉教授
上原陽一 横浜国立大学名誉教授
加藤勝敏 日本化学産業労働組合連合会長
近藤雅臣 財団法人化学物質評価研究機構理事長
櫻井治彦 中央労働災害防止協会常任理事
労働衛生調査分析センター所長
寺尾允男 財団法人日本公定書協会会長
鳥井弘之 日本経済新聞社論説委員
中東素男 社団法人化学工学会会長
中村桂子 JT生命誌研究館副館長
早房長治 地球市民ジャーナリスト工房代表
兵頭美代子 主婦連合会参与
山本明夫 東京工業大学名誉教授
  (敬称略・順不同)
  
 
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